短篇『ちりんちりん』

 部屋でぼうっとしていたのです。したら、ちりんちりんとどこからか聞こえるじゃありませんか。はじめのうちは、ややっ風流だなあって、そのくらいの感想でした。でも、ちりんちりんちりんちりんちりんちりんと続けざまに鳴るのでさすがの僕もむっときて、うるさいなあ、と窓を開けました。すると、ちりんちりんはぴたっと鳴りやみ、春の陽射しがふわふわとのんびり声をあげていました。僕の怒りが伝わったのだな、と安心して窓をしめました。ぴた。窓を締めた瞬間でした。再び聞こえたのです。そうです。ちりんちりんがけたたましく鳴り始めたのです。ちりんちりんちりんちりんちりんちりんちりんちりんちりんちりん。とうとう僕はぶちキレて、叫びながら窓を開けました。するとどうでしょう。またぴたっと鳴りやんだのです。これは嫌がらせにちがいない。塀のかげから僕のことをほくそ笑みながら観察しているにちがいないと思いました。どうしたものでしょうか。このまま窓を開けっ放しにするべきか。しかし、窓を開けていたところでちりんちりんが鳴らない保証はないでしょう。第一、窓をあけていたら花粉が入り込んで、くしゃみが止まらなくなります。ぼくはそれも嫌だなあと思い、窓をしめました。ちりんちりんちりんちりんちりんちりんちりんちりんちりんちりんちりんちりんちりんちりんちりんちりん。ちりんちりんは水を得たように鳴り響きます。僕は発狂しそうになる気持ちを抑え、精神を統一しようと努めました。南無妙法蓮華経南無妙法蓮華経南無妙法蓮華経。しかし、ちりんちりんの音は次第に大きくなってゆきます。僕が念仏を唱えれば唱えるほど、その音は共鳴し、地獄のような音量になってゆくのです。耐えられません。とうとう僕は玄関のドアを開け、外へ飛び出しました。そして、僕は見てしまいました。この世のものとはおもえない景色を。僕はこの光景を詳細に伝えられる自信がありません。しかし、千人もの坊主頭がニヤつきながら僕を見て、一斉にちりんちりんを鳴らしていると言えば、その異様さは伝わるでしょうか。僕はとうとう狂いました。おもいっきり走って逃げました。しかし、千人の坊主頭はちりんちりんを鳴らしながら追いかけてきます。自転車と生身の人間では速度が違います。僕はとうとう追いつかれ、千人もの坊主頭に取り囲まれました。ちりんちりんちりんちりんちりんちりんちりんちりんちりんちりんちりんちりんちりんちりんちりんちりんちりんちりんちりんちりんちりんちりんちりんちりんちりんちりんちりんちりんちりんちりんちりんちりんちりんちりんちりんちりんちりんちりんちりんちりんちりんちりんちりんちりんちりんちりんちりんちりんちりんちりんちりんちりんちりんちりんちりんちりんちりんちりんちりんちりんちりんちりんちりんちりんちりんちりんちりんちりんちりんちりんちりんちりん。やめてくれ!僕は泣き叫びました。僕が何をしたっていうんだ!後生だからやめてくれ!僕の周囲は涙と鼻水で水浸しになりました。おしえてくれ!なんでそんなことをするんだ!僕に恨みでもあるのか!僕は言いました。心の底から出たことばでした。極めて純粋なことばでした。すると、豪雨のようなちりんちりんは止み、千人の坊主頭はぽかんとした顔をしました。互いに目を合わせ、首を傾げています。助かったか、と思った瞬間でした。なにか合図があったのか、千人の坊主頭が一斉に笑いだしました。僕は涙で目の前の景色が滲みました。嵐のような笑い声のなか、坊主頭のひとりが僕の方へと歩みよりました。ゆっくりとゆっくりと。殺される。ある種の不安が頭を過りました...

 おれはゲラゲラ笑いながらペンを置いた。われながらバカな話を考えるもんだな。ブハハハ。暇であったのですこしばかり物語を書いてみたのだ。結末はどうしようか。初期衝動のままにペンを走らせたので結末を用意していなかった。おれは、いったん頭を整理しようと、お茶をいれた。お、茶柱がたってる。ほほほ。とのんびり春の陽気にあたまを沸かせてた時であった。ちりん...。窓の外から微かに音がした。ん?バカな話を書きすぎてとうとう頭もおかしくなったのかと思い、気にしないよう、再び春の陽気を楽しもうとした。ちりんちりん。今度ははっきりと聞こえた。ちりんちりんちりんちりん。これはと思ったは時すでに遅しであった。おれは発狂の渦へと呑まれていったのだった。