短篇『わたしは戦わない』

 今日になって三度目の警報であった。戦争は男たちを駆り立て、新聞やテレビが連日のように戦況を報道する。むつかしいことばを並べ立て、日本がいかに優勢であるかを伝える。わたしにはかんけいのないことだった。日本が勝とうが負けようが、日本という国が滅びようが、わたしにはかんけいのないこと。男たちはバカみたいに死んでゆき、残された家族はお国のためだと涙をこらえる。これは喜劇だ。国をあげた喜劇だ。わたしは本を読みながら警報を聞いた。センターへにげようか。そう思ったけれど、どうも足が動かない。センターでは今日も議論が交わされているのだろう。わたしには到底理解できない国家について。わたしは国というものに何の感想も抱いたことはなかった。わたしは確かに、日本という国に生まれた。日本の制度に育てられ、日本の教育を受けてきた。しかし、それがなんというのか。わたしは選んで日本に生まれたわけではない。日本人ある前に、わたしはわたしだ。
 読んでいた本を閉じ、戦地へ飛んだ男について考える。男はわたしにこの本を残していった。ぼくが帰ってきたときに感想を伝えてくれと言って。わたしは男のことを愛してはいなかったけど、男の目があまりにかなしみにみちていたので読んであげることにした。はんぶんほど読んだころに男が死んだという知らせが入ってきた。感想伝えられないじゃない、とわたしはかなしみに似た気持ちになったのをぼんやりと覚えている。それからわたしは、この本を戦争が終わるまで何度も読み続けてやろうと思った。それが戦わないことを選んだわたしのひそかな抵抗。この国にたいしての女の抵抗。
 悲鳴に似た音とともに、何かが崩れる音が聞こえた。空襲が始まったのだ。ベランダに立ち、遠くを眺める。柱のように黒煙が上がり、点々と赤い炎が見える。爆撃機が大地を揺らしながらこちらへ向かってきて、わたしの頭上を越える。ばりばりと家屋が崩れる音がずいぶん近くで聞こえる。あの東京大空襲もこんな感じだったのだろうとぼんやりと思う。せめて最後くらいは誰かと抱き合っていたかった。そんなふうにこころが少しセンチになる。本をくれた男の顔が浮かぶ。あなたは戦うことを選んだ。だけどわたしは戦わない。あなたの人生だからわたしは何も言わない。だからあなたも何も言わないで。わたしは戦わない。焼けるような痛みが肌を走る。本棚が燃えながら倒れてくる。すでにわたしの右手は焼け落ちていた。つぎは左手。右足。左足。芋虫のようになったわたしの目は戦争を見る。わたしは戦わない。髪の毛は焼け、背中を無数の針が刺してゆく。焦土からは人間たちの音のない悲鳴。バカみたい。ほんと、バカみたい。