短篇『豆大福』

 松風と書かれた人力車が私の前を通りすぎた。おおきな車輪は滑るようにアスファルトを走る。すごく軽そうだった。どこへ向かうのかは知らない。ぼんやりと往来の人間たちが視界に入ってくる。錦鯉のような品のない着物を纏った若い女が互いに写真を撮りあい、外人が嬉々として指をさす。交差点の信号が青になり、人間たちが道路へ侵入する。とたんに私は観光地の景色となった。
 家まで歩いて帰ろうと思った。なんとなくそう思った。東武浅草駅を越えて隅田公園を歩く。ふと立ち止まって、スカイツリーを仰ぎ見る。ここにはアメリカに殺された女や子供が埋まっているのかと思うと、空をつんざくような棟を見たって、かなしみが募るだけだった。私のかなしみはいつも私と関係のないところからやってきた。教科書にのるような大昔の出来事、たとえば本能寺の変のような出来事からも。信長とともに死んでいった市のこころを思うと酷くかなしくなる。そんなだから勉強に手がつくはずもなく、私は行きたい大学へは行けなかった。いつだってかなしんでいた。私のかなしみは想像でしかないけれど、私の感じるかなしみはほんものだった。
 そんなふうにかんがえごとをしていて、ぼけっと突っ立っていたから私を追い越してゆく人間たちがちらちらと視線を浴びせる。暖かそうなコート。繋がれた手を見る。遠慮がちに絡まる指は、これからを連想させて憂鬱になる。どうしてそんなに鮮やかな顔ができるのと嘆きたくなるのをこらえ、私は歩きはじめる。
 言問橋を渡る。スカイツリーはいつまでも私をとらえている。私の生活にはスカイツリーが生えていた。くるくる回る電飾は私の身体に纏いつき、私をはなそうとはしない。人はスカイツリーが見れて良いねという。しかし、毎日ともなると強力な電波に冒されてないか心配になってくるものだ。悲鳴に似たエンジン音に驚き振り返ると、例のマリオカートの集団が得意気に私を追い越していった。
 家まではもうすぐだった。言問通りを北に曲がり、向島へと入る。私は少し不安になった。あの虚無のような空間が待ち受けていると思うと、まっすぐ帰りたくはなかった。しかし、どこか寄り道しようにも寄り道できるところを私はしらない。いつもは電車で通りすぎてしまう町だった。そう思うとすこしふしぎな感覚がした。意識的に町を眺めると、豆大福と書かれた看板が目に入った。そうだ豆大福だ。豆大福を買って帰ろう。お茶をすこし濃い目にいれて、豆大福にかぶりつく。先刻までの憂鬱は消えていた。私はすこし足早に豆大福の看板を目指した。スカイツリーは私の背後にあった。