連作小説『狂い死のポルカ』②

 源三郎は江戸へ参りたいと思った。江戸には最先端のクラブがある。ゴリゴリのEDMで腰が砕けるほど踊り明かしたいという夢があった。そのためには、この現状をなんとかしなければなるまい。父上に頼んでみたところで徒労であろう。父上はクラシック信奉者でEDMなんか音楽であらぬ、世俗の発狂のようなものと評されているのだ。故にクラブに行きたいなぞもっての他。幽閉期間の延長に終わるだけであろう。交渉が駄目であるなら、強行突破しかない。しかし、山小屋には常に見張りがついている。それも屈強なお侍で、十歳の源三郎には敵うはずもない相手であった。しかし、源三郎には知恵がある。力で敵わないのなら頭脳戦である。
 源三郎は大きな音を立ててぶっ倒れた。そこへ見張りのお侍が慌てた様子でやってくる。名を弥助と申した。「ぼっちゃま!どうなされた!ご気分でも悪いんでありますか?」源三郎は苦しげな声で言う。「弥助や、余は疲れた。話相手になってくれぬか」「しかしお父上にぼっちゃまには構うなと言われておりまする」「頼む。後生じゃ」「し、しかし」「ほんの一寸でいいんじゃ。話相手がおらぬと気が狂うてしまう。何をするかわからんでね」その言葉に恐れをなした弥助は源三郎に従うことにした。いくら屈強なお侍とて、狂人には底知れぬ恐怖を感じていたのだ。
 「なあ、弥助」「は、はい、ぼっちゃま」「余と江戸へ参らぬか?」「え、なぜ拙者がぼっちゃまと江戸へ?」「江戸はいい感じのクラブがわんさかあるらしい。書物で読んだ」「しかし、拙者はクラブなぞ興味はござりません」「おなごも江戸へ集まるとも読んだなあ」「おなご?」弥助の目にキラリと光るものがあった。「ぼっちゃま、よしてくだせえ」「江戸のおなごはここらのおなごと比べ物にならぬ程の器量。三味線なぞグルーヴィに弾くと噂じゃ」弥助の額から一筋の汗が頬を伝って落ちた。「拙者は武士である身、おなごでうつつを抜かしてる暇などござりませぬ。今はぼっちゃまを監視するお役目。お父上に面目が立ちませぬ」源三郎は声をあげて笑った。「うぬはここで満足しているのか?ここには何がある?下らない武士道とて何の意味がある!武士の時代は終わったのじゃ。世を見てみい。おなごはクラブで狂い、異国の男に首ったけじゃ。あの黒船というものが日本へやってきてから、この国は変わったのじゃ。弥助!武士という意地を捨てい!」弥助は苦しげに顔を伏せた。しかし、これは弥助の演技であった。弥助の頭の中では煩悩が愉快に踊り狂っていた。「ぼ、ぼっちゃまあ」弥助は泣きそうな顔で言った。「これ以上はやめてくだせえ。拙者も武士である以前に、ひとりの男でござる」「だから武士を捨ていと申したのじゃ。男として生きてみる気はないのか?金はあるぞ。父上が余のために蓄えてきたというお受験費用が蔵の中に。それをうぬに拝借してきてもらいたいのじゃ。よいか?弥助や」「へ、へえ」
 弥助はとんでもない船に乗ってしまったと思った。江戸のおなごも見てみたい、とも思った。弥助は葛藤した。しかし、その葛藤はあくまでも弥助の自尊心を保つものでしかなかった。弥助の葛藤は次第に煩悩へと変わり、弥助の足はお受験費用が蓄えられているという蔵の方へと向かっていた。

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(③へ続く...)