短篇『マゴット・ブレイン』

 くしゃみをしたら脳みそが少しでた。鼻から。ティッシュにこびりついた赤黒いどろどろしたそれは明らかに脳みそだった。おれはそれを鼻から吸い込み、ひとまず元通りにしたけれど、鼻から脳みそがでてきたという事象に戸惑いを隠せなかった。弱った。あんなどろどろの形状なら再び出てくるのも時間の問題だ。さっき出てきたのは全てではなかろう。一部にしても、全体の何割くらいの量がでてきたのか、凄く気になった。最終的には全ての脳みそが鼻からでてくるのか。そうなると、おれはどうなるのか。脳死ということばがあるけれど、そういうことなのか。だが、思考できてるということは、まだおれの脳みそは死んではいない。
 このような症状は前例があるのか。ググってみようかと思ったが、やめた。結果を知るのに恐怖を感じたからだ。もし、この事象が初期症状であれば万事良しであるのだが、これが末期であれば。考えるだけでもおぞましい。鼻から脳みそとか末期としか考えようがない。どうしてこうなった?
 先刻から鼻がじゅるじゅる言ってどうしようもない。また脳みそがでてくるのか。今度のは量が多そうだ。死ぬには若すぎる。医者にかかったら治るだろうか。しかし、死の宣告が待ち受けてそうで怖い。ああ怖い。怖い。なにもかも怖い。おれはただくしゃみをしただけなのに。
 へくしっ。
 しまった、やってしまった。おれの両手にはさっきの倍ほどの脳みそが付着していた。赤黒く、ぬめぬめしたそれはイカの塩辛を想像させて腹が鳴った。続けざまにもう一発くしゃみが出た。今度はピンポン玉くらいの塊がずるりと出てきて、これはもう取り返しのつかないところまできたなと悟った。両手に盛られた脳みそをよく見ると、なにかがうねうねと動いていた。これはと思い、うねうねと動く物体をつまんでみると蛆であった。蛆なんて実際に見たことはなかったが、これは蛆以外のなにものでもなかった。蛆は一匹だけではなかった。脳みその塊を裏返してみると、大量の蛆が蠢いていた。おれは卒倒しそうになった。おれの脳みそには蛆がわいていたのだ。出来の良い脳みそだとは思ってはいなかったが、まさか蛆がわいていたとは。
 おれはあることに気づいた。脳みそがピンポン玉と少し出てしまった今、おれの思考はすこしばかりプリミティブになっているようなのだ。おれは持っていたペンを握りしめ、思い切り左手の甲へ、突き刺した。しかし、痛みは感じない。なんだかそわそわしてきた。歌いたいような、そんな気分。おおブレネリ。あなたのお家はどこ?そうよ母さんも長いのよ。つって。あは。へぐしゅっ。やべえ。また出た。今度はけっこう出たなあ。なんてぼんやり考えていると、あれ、なに考えてたっけなーなんて。すこしばかり腹が減ったような。あ、そうだ夕飯はハンバーグだ。かーちゃん、めしー。私のお家はスイスランドよ。やーほー。ほーてらんらんらん。ほーてらんらんらん。
 おれのあたまはばかになった。くしゃみもとまらなくなったし。もうだめだ。おなかへった。のうみそがでる。ぶりぶりぶりぶり。でるでる。あ、うんこだった。うんこもらした。ぶりぶり。おれはないていた。おれのなみだはのうみそのうじにおちる。うじはうねうねとうごめいて、おれののうみそをくいちらかしていた。